42宿 妻籠宿(1) 1年ぶりの中山道 三留野~妻籠城址

奈良井宿

旅行日:2020年11月4日

昨年12月に野尻宿から三留野宿まで歩いた。 そして今年の桜の季節に妻籠や馬籠を歩く予定であったが、残念ながら新型コロナウィルスの感染拡大により自粛せざるを得なかった。 そこで秋の紅葉を楽しもうと、1年ぶりの中山道歩き再開である。

新型コロナウィルスのせいで、木曽路から外人観光客の姿は消え、日本人観光客も少なかったので、静かな木曽路を楽しむことができた。 しかし中山道のハイライトというべき区間なのに、何とカメラを忘れるという、大失態を犯してしまった。

日 付 区 間 里程表 計画路 GPS 万歩計
2020年
11月4日
三留野宿~妻籠宿 1里15町 5.6Km Map GPS 22,419歩
妻籠宿~馬籠宿 2里 7.9Km
2020年
11月5日
妻籠宿~落合宿 1里5町 4.5Km Map GPS 33,629歩
落合宿~中津川宿 1里 3.9Km
中津川宿~大井宿 2里18町 9.8Km
合 計 2里21町 31.7km 56,048歩
日本橋からの累計
(累計日数 : 28日目)
87里27町 344.6Km 604,565歩

里程表 : 別冊歴史読本「図説 中山道歴史読本」より。
計画路 : 現代の旧中山道ルート図で、歩く予定のコース。

「GarminConnect」を利用してGoogleMap上に作図。

GPS  : GPSログを基に、実際に歩いたコースをGoogle MAP上に作図。


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カメラを忘れた!

ようやく東の空が明るくなり始めた頃に、昨年の終了地点である南木曽駅に向けて自宅最寄り駅を出発。 寝坊せずに予定通り出発でき、「やれやれ」と安堵したその時、「カメラ忘れた!」と突然気付いた。

予備のバッテリーやSDカード、充電器などは、忘れないように入念にチェックした。 しかし肝心のカメラをリュックに詰めた覚えはない。

自宅に取りに戻る時間的余裕もない。 「まぁ スマホで何とかなるだろう・・・」と、出鼻をくじかれての出発であった。

南木曽駅から出発

名古屋経由で中央西線に入り、中津川で更に乗り換えて南木曽駅に1年ぶりに降り立つ。 自宅を出て5時間近くを要した。 やはり遠い・・・

南木曽駅

秋晴れの中、妻籠に向けて出発。 旧中山道に出るため、跨線橋で駅の反対側に廻りこむ。

最初に出迎えてくれたのは、木曽谷有数の酒造家だった遠山家屋敷跡に残る枝垂梅。 春先にはどのように花を咲かせるのだろうか?

和合の枝垂梅

かつて木曽谷を走っていたD51。 現在は中央西線旧線跡に、ひっそりと静態保存されている。

D51

和合集落を過ぎ、静かな山間の神戸坂を上がって「かぶと観音」を目指す。

旧中山道

神戸集落と袖振りの松

神戸の集落に入る。 庭のように綺麗に手入れされた植栽の間を抜けて進む。

神戸集落

かぶと観音と袖振りの松

やがて木曽義仲と巴御前にまつわる説話が残る、「かぶと観音」が現れる。 妻籠城の鬼門にあたるこの地に、木曽義仲が兜に納めていた観音像を祀ったという。

かぶと観音

また義仲が弓を射るのに邪魔となった松を、巴御前が袖を振って薙ぎ払ったと伝わる「袖振りの松」が残る。 残念ながら、松くい虫の被害で伐採され、現在は大きな水舟として生まれ変わっている。

袖振りの松

神戸立場跡

神戸沢を渡り、神戸立場跡に入る。 この先で坂を下ると戦沢橋となるが、妻籠城での戦いか何かで、この付近で戦があったのだろうか?

神戸立場跡戦沢橋

戦沢橋を渡り、近年に敷かれたという石畳の坂を進むと、やがて日本橋から80里、左右に両塚が残る上久保一里塚へと導かれる。

上久保一里塚

蛇に見えるか?「蛇石」

上久保一里塚を過ぎ、妻籠城址に向けて緩やかに街道は上がっていく。 途中に「蛇石(へんび石)」と呼ばれ、中山道の名石の一つに数えられるという巨石がある。 そしてその実態は??? 

くぼほら茶屋跡

「くぼほら茶屋」という茶屋であった勝野家が残る。 「くぼほら」とは変わった名だと思い、調べると「 窪ヶ洞」という地名のようである。

この近辺には良寛の歌碑や、「右つまご 左みどの」と刻まれた道標も立つ。

くぼほら茶屋跡

蛇石(へんび石)

蛇の頭のように見えるという 「蛇石」。 「へんび石」と読むそうだ。 道路工事のため、この蛇石を回り込むように迂回路が設けられ、ぐるりと一周して眺めてみたが、どう見ても蛇の頭には見えなかった。

蛇石

しろやま茶屋跡

かつては街道を行きかう人々で繁盛したのだろう。 「しろやま茶屋」の看板は残るが、かなり廃屋と化している。

しろやま茶屋

妻籠城址

豊臣秀吉と徳川家康の間で争われた「小牧・長久手の戦い」の一環として、妻籠城でも戦いが行われ、豊臣方の木曽氏家臣・山村良勝が妻籠城に籠り、徳川方の攻撃を退けたという。

その後関ケ原の合戦の折りには、上田城攻略に失敗して関ケ原に遅参した2代将軍秀忠が、この妻籠城まで進んだときに徳川方大勝利の報に接した。 徳川にとっては、因縁の妻籠城なのかもしれない。

妻籠城址登り口

中山道が3つに分岐する地点が、妻籠城址への入口である。 中山道は中央の道を進むが、妻籠城址は右の坂道に入り、約10分ほど上ると本丸に立つことが出来る。

妻籠城址入口

途中で左右が切れ落ちる土橋などを通って本丸へ向かうが、見上げると見事な紅葉が迎えてくれた。

紅葉

本丸上には御嶽山権現碑等の石塔が立つ。

妻籠城址

北側を眺めると、薄く雪化粧した木曽駒など中央アルプスの峰々を望める。

妻籠城址

そして南側からは、眼下に妻籠宿や妻籠峠を一望することができる。

妻籠宿

妻籠城址から街道に戻り、坂を下って進めば妻籠宿はもう近い。

 


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