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近 江(江州)

中山道 第61宿 醒井宿(1) 東山道古道(旧中山道)を歩く

中山道柏原宿から醒井宿入口までの、のどかな街道歩きの記録。この区間には古代東山道(旧中山道)が残る所もあり、鬱蒼とした山林の中を、往時の旅人になった気分で歩くことができる。
近 江(江州)

中山道 第60宿 柏原宿(2) 福助人形のモデルがいた宿場

柏原宿で伊吹もぐさを商う伊吹堂は、江戸吉原の遊女に伊吹堂のCMソングを唄わせ名を広め、大繁盛したと伝わる。また福助人形のモデルと云われた番頭さんがいたともいう。
気まぐれ日記

前立腺がん闘病記(1) ついに医者から癌を宣告された

前立腺のMRI検査で影が見つかり、更に5回目の生検を受けた結果、医者から前立腺がんであることを知らされた。しかし何とか癌に抵抗して、あと10年は遊び暮らす必要がある。そのための闘病生活を記録することにした。
近 江(江州)

中山道 第60宿 柏原宿(1) 美濃と近江の国境は細い溝だった

美濃路を抜け、近江の最初の宿場である柏原宿を目指す。途中街道を横切る細い排水溝のような溝が、美濃と近江の国境であった。この国境付近は「寝物語の里」とも呼ばれ、名の由来が面白い地である。
美 濃(濃州)

中山道 第59宿 今須宿(2) 美濃路最後の宿場を行く

美濃十六宿の最西端の宿場である今須宿。すぐ先は美濃と近江の国境である。明治期になると東海道線が開通し、宿場機能が廃れて衰退したようである。現在は宿場時代の建物や遺構は少ないが、静かな時間が流れる宿場である。
美 濃(濃州)

中山道 第59宿 今須宿(1) 「天下分け目の戦い」は2度あった

中山道関ヶ原宿から今須宿の間には、古代東山道時代の関所「不破関」跡がある。この関所を境に、関東と関西という呼称が使われるようになったともいう。また壬申の乱の激戦地でもあり、関ケ原の戦いと2度の天下分け目の戦いが繰り広げられた地である。
気楽な旅行記

伊豆長岡・修善寺 「鎌倉殿の13人」北条ゆかりの地探訪記

伊豆長岡の願成就院にある運慶作の仏像拝観と、鎌倉幕府を開いた北条氏ゆかりの地をめぐる旅。NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」を見ていなければ、殆ど興味も示さずに素通りするような史跡だが、事前の知識があったおかげで楽しむことができた。
美 濃(濃州)

中山道 第58宿 関ヶ原宿(2) 古戦場に男の美学を貫いた大谷吉継

「天下分け目」という言葉が冠されるほど有名な関ケ原の戦い。両軍合わせて15~16万の兵力がぶつかり合った。東西両軍の武将たちが見ていた戦場に思いを馳せ、レンタサイクルで古戦場めぐりを行うことにした。
美術館・美術展めぐり

東京国立博物館(東博) 行って良かった「国宝展」

上野の東京国立博物館、通称”東博”の創立150周年を記念して開催されている、「国宝 東京国立博物館のすべて」を見にいった。東博が持つ国宝89点を含む名品を一挙公開るという、見応え十分な特別展であった。
美 濃(濃州)

中山道 第58宿 関ヶ原宿(1) さまざまな「天下の分け目」

「天下分け目の関ケ原」で有名な関ヶ原宿。しかし正月のお雑煮で「切り餅」か「丸餅」かの分け目も関ヶ原である。他に「うどんつゆ」「いなり寿司」「スキヤキのネギ」など、様々な「分け目」が関ケ原近辺にあるようだ。
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