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雑学 中山道

残念な武将たち
酒色に溺れ城を乗っ取られた斎藤道三の孫 斎藤龍興

戦国武将の中には、武勇伝や有名な逸話で飾られた武将ばかりではなく、「オッ・・・」と思うようなドジをしでかした武将も多い。 このようなドジを踏んだ武将を少々掘り下げて調べてみた。 まずは「美濃の蝮」と云われた斎藤道三の孫「斎藤龍興」である。
歴史的人物の墓めぐり

番町皿屋敷の女中「お菊」 その死の真相は如何に?

四谷怪談、牡丹灯篭、そして番町皿屋敷は、日本の3大怪談噺として有名である。この中の一つである番町皿屋敷の主人公「お菊」の墓が、東海道線平塚駅の近くにある。厳密にいうと墓ではなく、かつて墓のあった場所に造られた塚で、「お菊塚」と呼ばれている。
気まぐれ日記

激しい運動でも外れないフェイスシールドを自作する

新型コロナウィルスによる緊急事態宣言解除により、バドミントンの練習再開に一歩近づいた。しかし感染予防としてマスクをして練習するのか? 暑さでぶっ倒れてしまう。そこで激しい動きでも、落ちたりずれたりしないフェイスシールドを自作してみた。
気まぐれ日記

消える昭和の風景 太宰治が滞在した「割烹旅館 玉川」閉館

千葉県船橋市にある「割烹旅館 玉川」が閉館した。100年近くの歴史を持ち、あの太宰治も滞在して小説を執筆したという老舗である。しかし太宰は滞在費用を払えず、万年筆や本をカタに取られて追い出されたという逸話が残る。悪く言えば踏み倒し・・・
相模(相州)

第9宿 小田原宿 多くの石仏が街道沿いに残る

大磯宿を出発し小田原までの街道旅で、国府津付近では碧く広がる相模湾を眺めることもできる。国道1号沿いには意外と石仏が多く、道路拡幅で集められたと思う多数の石仏が置かれた所も数か所見られた。さすがに江戸時代のメイン街道である。
相模(相州)

第8宿 大磯宿 いきなり「番町皿屋敷」で始まった

JR平塚駅から大磯宿を経て小田原宿を目指す。最初に現れたのは、あの「番町皿屋敷」でお皿を数え続ける女中・お菊の塚であった。そして歩を進めて大磯宿に入ると、次は「虎御前」という凄い名を持つ女性。大磯宿への道は、女性にまつわる話が多かった。
相模(相州)

第7宿 平塚宿 「源頼朝」の死を招いた落馬事故

平塚宿手前では、関東大震災で姿を現した、鎌倉時代に架橋された旧相模川橋脚を見ることができる。この橋の開通祝いに、征夷大将軍である「源頼朝」も出席した。しかしその帰り道、頼朝は馬から転げ落ち、それが原因で亡くなったそうである。
気まぐれ日記

春の雑草 路傍の雑草に咲く小さな花の名を調べる

春のこの季節には、公園や路傍に小さな花が多く咲いている。目に入っても気に留めることもない雑草の花なので、多くは名前も知らない。しかしよく見ると綺麗な花が多く、手折って自宅に持ち帰り名前を調べてみた。ついでに雑草と野草の違いも調べてみる。
気まぐれ日記

折れた傘を自分で修理 市販の部品を使って30分でできた

傘の骨が折れてしまった。処分するには惜しい傘である。そこで折れた部分をよく見ると、「これなら自分で何とかなりそうだ」と修理用パーツを購入。修理作業は30分も掛からず、簡単に終えることができた。
百年の街並み

木曽福島 木曽谷の政治・経済・文化の中心地

木曽福島は中山道の福島宿として栄えた町である。木曽十一宿に数えられ、関所や代官所も置かれ、木曽谷の中心的な宿場であった。現在の木曽福島は、上の段地区に残る宿場の面影や、木曽川の川岸にへばり付くように建つ崖家造りなどが見どころの町である。
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