信 濃(信州)

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中山道 第32宿 本山宿 そば切り発祥の地

本山宿入口に「そば切り発祥の地 本山そばの里」という店がある。蕎麦屋とは思えない店構えだが、「発祥の地」と銘打つだけあって、風味ある美味しい蕎麦であった。大盛りで腹を満たし、街道色を残す本山宿から、いよいよ木曽路の入口へと足を伸ばす。
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中山道 第31宿 洗馬宿 木曽義仲の愛馬を洗う

塩尻宿から木曽谷を目指して南下を始めると、木曽義仲の伝説が多く現れる。洗馬宿の名は、木曽義仲と合流した家臣が義仲の愛馬を洗ったことに由来するそうで、現在も「あふたの清水」としてその泉が残っている。
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中山道 第30宿 塩尻宿 塩尻峠を越えて松本平へ

下諏訪から塩尻峠を越えて塩尻宿を目指す。塩尻峠はダラダラと上りが続き、山道としての面白みはなかった。しかし峠を越えて松本平に入ると、「雀おどり」とか「雀おどし」と呼ばれる、堂々たる風格の棟飾りをもつ旧家が目に付くようになる。
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中山道 第29宿 下諏訪宿 ユニークな造形「万治の石仏」

7年に1度行われる諏訪大社の御柱祭で、山出し最大の難所といわれる「木落し坂」を眺め、さらに諏訪大社から万治の石仏へと寄道して下諏訪宿に到着である。中山道の舞台は信州佐久側から諏訪側に移り、これからしばらくは中央線を利用した中山道歩きとなる。
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中山道 第29宿 下諏訪宿 和田峠を越える(2)

男女倉の和田峠上り口から、いよいよ和田峠を越えて下諏訪を目指す。高原を走るビーナスラインを何度も横断しながら進むが、碓氷峠の上りと同じように、楽しい山登りである。この和田峠を越えると、佐久から諏訪側へと移り、中央線を利用する旅となる。
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中山道 第29宿 下諏訪宿 和田峠を越える(1)

和田宿から和田峠の上り口までを歩き、その日は長久保宿に宿泊。翌日和田峠を超える計画である。和田宿から下諏訪宿まで22Kmほどあるが、この計画だと少し短くて済む。天候に恵まれ、満開のニセアカシアとハルゼミの鳴き声を聞きながらのんびり歩く。
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中山道 第28宿 和田宿 難所の和田峠を控えた宿場

和田宿と隣の下諏訪宿の間には、中山道の最高地点にして最大の難所といわれた和田峠(約1,600m)がある。冬は寒さと積雪で旅人は難渋し、旅人はもちろん、参勤交代の大名も必ず宿泊した。現在も出格子造りの家が残る、静かな宿場の面影を残している。
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中山道 第27宿 長久保宿 真田幸村の娘が嫁ぐ

真田幸村(信繁)の長女すへは、長久保宿本陣を務めた石合家の「石合十蔵道定」のもとへ嫁いだ。そして大阪夏の陣の3カ月前に、真田幸村は石合十蔵宛てに「ふつつかな娘だがよろしく」というような書状を書いている。現在もこの石合家は残っている。
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中山道 第26宿 芦田宿 蛇の足跡が残る「蛇石様」

笠松峠を控え、これから越える旅人、越えた旅人たちの休憩場所として栄え、皇女和宮もこの宿場で昼食をとっている。「蛇石様」と呼ばれる大きな石が残り、表面には蛇の通った跡といわれる筋が残る。蛇は好きではない。恐ろしや・・・
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中山道 間の宿 茂田井 白壁土蔵と酒林の静かな街道

望月宿手前の百沢集落の風景とは異なるが、白壁土蔵が続く茂田井の集落は、映画「たそがれ清兵衛」のロケ地にもなり、まるで江戸時代にタイムスリップしたような静かな時が流れている。白壁の土蔵は、武重本家酒造や大澤酒造など、杉玉を下げた造り酒屋である。
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