2020/11/05 09:05:12
城址というには寂しい姿をしている。 こんもりと盛り上がった藪の頂に、小さな祠が立つ。
2020/11/05 09:28:58
中津川市街を一望でき、信州サンセットポイント百選の景色が広がる。 正面の山は笠置山。
2020/11/05 09:33:21
「是より北木曽路」と刻まれ、贄川宿手前に立つ「是より南木曽路」の碑と対をなしている。
2020/11/05 09:52:08
十曲峠の頂である新茶屋から、落合宿にむけて石畳の道を下る。
2020/11/05 10:06:07
立派な枝垂桜が目を引く医王寺。 山中薬師とも呼ばれ、虫封じの薬師として信仰を集めている。
2020/11/05 10:16:03
落合川にかかる下桁橋。 ここで山下りが終了し、真の意味で木曽路が終わり、美濃路が始まろうとしている。
2020/11/05 10:29:04
落合宿本陣だった井口家に残る本陣門。 大火で焼失後、加賀・前田家から贈られたという。
2020/11/05 11:11:38
急勾配の与坂を上りきると、立場であった「越前屋」が現れる。 米粉の餅に黒砂糖をかけた「三文餅」が名物だった。
2020/11/05 11:58:18
茶屋坂を下ると、中津川宿の高札場が復元されている。
2020/11/05 13:17:47
中津川宿の横町には、本卯建を持つ建物が並び、往時の面影を色濃く残している。
2020/11/05 13:28:00
石屋坂には馬頭観音などの石仏が並び立つ。
2020/11/05 13:35:05
民家の軒下に高札3枚が掛かる。
2020/11/05 13:44:24
日本橋から85里。 南塚は消滅し、現在残る北塚は昭和9年に復元された。
2020/11/05 14:17:50
千旦林に立つ、明暦3年(1657)建立の六地蔵灯篭。 火袋の6面に6体の地蔵が刻まれている。
2020/11/05 14:22:00
正面の笠奥山に向かって、くねくねと曲がる旧中山道を進む。 のどかである。
2020/11/05 14:44:28
一段高いところに置かれた石仏。 花が供えられ、大切にされていることが判る。
2020/11/05 15:11:42
中津川と大井宿の間の宿。 和宮や明治天皇が休んだ部屋や、トイレなどが当時のまま残るそうだ。
2020/11/05 15:32:41
左に「中山道 是より大井」と刻まれる石碑があるが、草に覆われていた。
2020/11/05 16:13:26
五妙坂の途中に高札場が復元されている。 当時の3/4に縮小したという。
2020/11/05 16:16:12
本陣の林家は、昭和22年の火災で母屋を焼失。 難を逃れた表門が残る。