数寄屋橋からJRの有楽町駅を越え、鍛冶橋門跡へ向けて歩く。 この間は外堀通りを少し外れ、山手線の内側を歩くこととする。
山手線に沿って立つガラス張りのビルが東京国際フォーラムである。 ここには、旧都庁前に立っていた太田道灌の像が移転されている。
山手線有楽町駅の煉瓦造り高架
新橋から有楽町、東京駅にかけて続くJR高架の煉瓦造り連続アーチは、長さが約3Kmに及ぶ。 明治40年に完成したが、江戸湾埋め立ての地盤を補強する為、松の木を2万本近く基礎として埋め込んだそうだ。 関東大震災や戦火をくぐり抜け、100年を経た現在も、大動脈を支えて大活躍する明治の遺構である。
赤煉瓦のアーチ
JR有楽町駅の中央架道橋。 飾り気も無く、独特の雰囲気を持っている。 このアーチを抜け、山手線の内側(ビックカメラ側)に出る。
壁面のメダリオン
煉瓦の壁面には、メダリオンと呼ばれるレリーフの様なものの台座が残る。 どのような絵が描かれていたのか判らないが、昔の優雅さを感じる。
東京国際フォーラム
昔の都庁跡に建てられ、ビジネス関連の様々なイベントやコンサート、大学生などを対象とした就職説明会などが行われている。 全面ガラス張りのガラス棟は、いつ見ても”凄い!”と思わせるデザインを持つ。
国際フォーラム中庭
ランチタイムにはお洒落な屋台が立ち並び、近隣のビジネスマンやOL達で賑わう。
ガラス棟の天井
ガラス棟の中は吹抜けとなっており、ガラスを通してたくさんの光が差し込む。 見上げる天井は、船底がイメージされる。
太田道灌の像
東京駅側エスカレータを上ると、江戸城を築城した太田道灌の像が立つ。
「やまぶき」の話で有名な鷹狩りに行く姿であろうか。
鍛治橋門跡
国際フォーラムを抜け右に曲り、山手線などJRの高架をくぐって外堀通りに向かう。 このJR高架と外堀通りの間にあったのが、鍛冶橋門である。
鍛冶橋交差点
外堀通りの鍛冶橋交差点に立つ説明板。
門には鉄砲十挺、弓五張、長柄十筋、持筒二挺、持弓一組が備えられていたとと書かれている。
鍛冶橋門跡
交差点とJR高架の間に鍛冶橋と鍛冶橋門があったが、現在は遺構も何もない。
明治維新後に門が撤廃され、戦後の瓦礫により外堀が埋め立てられて、鍛冶橋も役割を終えた。
江戸切絵図で見る
鍛冶橋交差点に立つ案内板によると、「門前には幕府の御用絵師だった狩野探幽が屋敷を拝領し、以来代々住んだので鍛冶橋狩野家と称された」とある。
切絵図を見ると、確かに鍛冶橋門の前に狩野家が描かれている。
江戸切絵図を見ると、江戸時代に埋め立てられた土地は整然と区割りされ、道路も枡の目状に整備されている。 現在の銀座や八重洲、日本橋など、東京の東側の道も枡の目状であるが、これは江戸時代からの名残りのようである。