10宿 本庄宿

日本橋

旅行日:2014年11月5日

今回は深谷から本庄までを歩こうと、再び赤レンガ風の深谷駅に降り立つ。 朝食を食べようと駅前を探したが、マックとモスバーガーだけがオープンしていた。  深谷とか本庄は良く聞く地名で、もう少し賑やかかと思っていたが、寂しい感が少々漂っていた。

駅に着いたのが9時50分で、それから朝食を食べての出発である。 要するに行動開始が遅すぎるのである。 まあ急ぎ旅ではないので、のんびり歩けばよいと本庄目指して歩き始める。

日 付 区 間 里程表 実距離 万歩計 ルート
2014年
11月5日
深谷から本庄宿 2里25町 10.6Km 11.1KM 19,599歩 Map
合 計 2里25町 10.6Km 11.1Km 19,599歩
日本橋からの累計
(累計日数 : 7日目)
21里31町 85.8Km 93.8Km 125,057歩

里程表 : 別冊歴史読本「図説 中山道歴史読本」より。
実距離 : 各区間のコース計画時、ルートラボを利用して計測した距離。

ルートラボルートを見る → “のんびり中山道”で検索)


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本庄宿への街道風景

深谷から本庄に向けての旧中山道は、途中で現在の国道17号を2Kmほど歩く。 国道17号から左右に外れて寄り道しながらも、交通量と騒音の激しい中を足早に通り過ぎる。

【深谷宿常夜灯】
深谷宿の京方出口の常夜灯。 高さ約4mで中山道最大の大きさである。

深谷宿常夜灯

【小屋根の乗る民家】

街道風景

だいぶ傷みが進んでいる。

古民家

【深谷ねぎ】
街道沿いに広がるネギ畑。 恐らく名物の深谷ネギなのだろう。

深谷ねぎ

【全晶寺】
高島秋帆が幽囚されていた、岡部藩陣屋の長屋門が移築されている。

全晶寺

【秋の街道風景】

街道の秋

【名の無い分岐点】
Y字路を左へ。 分岐点には馬頭尊・中山道古道説明碑がある。

中山道は左へ

【レンガ造りの蔵】

レンガの蔵

【百庚申への道】
百庚申や滝岡橋に向けて、切通しの細い坂道を下る。

百庚申への道

【百庚申】
幕末の万延元年(1860)、騒然とした幕末の世相と、庚申の年にあたる
万延元年が重なり、地元有志が造立したと説明されている。

百庚申

【滝岡橋】
小山川に架かる滝岡橋。 昭和3年に竣工し、国の有形文化財である。

滝岡橋

【畑の中を進む】
滝岡橋を過ぎると、しばらく畑の中の道を行く。 ここは左の細い道に入る。

畑の中の中山道

【小川家の長屋門】
白壁が剥がれているが、立派な門構えである。

長屋門

【内野家長屋門】
こちらは少し新しそうな長屋門。 再建されたのか?

長屋門

【火の見櫓】
北国街道もそうであったが、街道を歩くと集落に立つ火の見櫓が目につく。

火の見櫓

【虹が出ていた】
国道17号を横切る歩道橋の上から、来た道を振り返ると虹がでていた。
来る道中では全く雨の兆しなど無かったのだが・・・

虹

歴史に名を残した人々

【清心寺】
平清盛の義弟である平忠度(たいらのただのり)の供養塔がある。

清心寺平忠度の墓

【岡部六弥太忠澄の墓】
源平の合戦で平忠度を討った武将の墓である。

岡部六弥太忠澄の墓

【 岡部六弥太忠澄と平忠度 】
岡部六弥太忠澄は源頼朝の挙兵で出陣し、木曽義仲の追討や、一ノ谷合戦で平清盛の義弟である平忠度を討ち取った。

平家物語によると、平忠度は源氏に紛れ込もうとしたが、源氏は付けていなかったお歯黒をしていたため見破られたそうだ。 平忠度は歌人としても優れ、討たれた時に箙(えびら)に和歌を結び付けていたという。 享年41歳。

平忠度を討った岡部忠澄は、忠度の菩提を弔うため、自分の領地で最も景色が良いとされる清心寺に供養塔を建てた。  それにしても熊谷次郎直実も含め、源平の頃の武将たちの情けの厚さには感心する。

【高島秋帆 幽囚の地碑】
西洋式砲術創始者の高島秋帆は、幕府により投獄・岡部藩陣屋に幽囚された。
しかしペリーが来航し近代兵器の必要性から赦免。幕府の砲術師範を勤めた。

高島秋帆 幽囚の地

【源勝院】
岡部藩主 安部(あんべ)氏の12基の墓が世代順に並ぶ。

岡部藩主安部氏の墓

本庄宿に入る

【歴史資料館】
明治16年建築の洋風建築。 旧本庄警察署であった。

本庄歴史資料館

【旧田村本陣の門】
歴史資料館前に、本庄北本陣であった旧田村本陣の門が移築されている。

本庄北本陣の門

【安養院】
本庄市最大の木造建造物で、山門に迫力ある仁王像が立つ。

安養院

安養院安養院

【旧本庄商業銀行の倉庫】
レンガ造りで、現在はローヤル洋菓子店となっている。

旧本庄商業銀行の倉庫

【歴史と昭和を感じさせてくれる建物】

本庄の古い民家

本庄の古い民家本庄の古い民家本庄の古い民家本庄の古い民家

【本庄駅】

本庄駅

本庄の街には、蔵などの古い建物も結構残っている。 しかし全体的に痛んでいる建物も多いような印象を持った。 土蔵などの維持費用は、行政からの補助も無いようなので、持ち主は大変なのであろう。 町おこしや地域活性化、地方の再生が叫ばれる昨今、これら地域の遺産を守り・活用して活性化に繋がるよう知恵を絞る必要がある。

次回は本庄から新町まで歩くことを考えながら、本庄の駅から帰途についた。


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