2021/11/12 09:14:03
伏見宿で唯一、当時の面影を留めている「旧旅籠三吉屋」 手前の旧伏見郵便局も雰囲気が良い。
2021/11/12 09:21:03
伏見宿の京方出口付近。 手前右側に槍ヶ岳を開山した幡隆上人名号碑、少し先の左手に正岡子規の句碑が立つ。
2021/11/12 09:37:05
街道を左に入ると、石仏が一ヵ所に集められた地蔵堂がある。 道路拡幅のため、ここに移設されたと思われる。
2021/11/12 09:51:49
車の途切れたタイミングでシャッターを押したが、実際には交通量は多い。 昨日までの十三峠や琵琶峠とは世界が違う。
2021/11/12 09:57:04
江戸から97里。 実際には碑が立つ場所より、30mほど東にあったと記されていた。
2021/11/12 10:04:04
遠くの山を遠望。 方向的には飛騨方面になると思うが、山の名はわからなかった。
2021/11/12 10:11:53
JR太田線の踏切を横切る。 この日は美濃太田駅から太田線に乗って、多治見、名古屋経由で帰宅した。
2021/11/12 10:21:23
今渡立場跡の手前辺りの街道風景。
2021/11/12 10:32:34
龍洞寺山門を入ると、名石と言われる「龍の枕石」がある。 確かに髷を結ったまま寝る、箱枕のような形をしている。
2021/11/12 10:37:20
右に大きく曲がる道は新しく、太田橋で木曽川を渡る。 旧中山道は左に直進し、大田の渡し場に通じていた。 旅人は大田の渡しをを控え、この立場で一服したのだろう。
2021/11/12 10:45:49
「木曽のかけはし 太田の渡し 碓氷峠がなくばよい」 中山道三大難所に数えられた難所。 上流のダムのお陰でゆったりと流れているが、昔は相当な急流だったのだろう。
2021/11/12 10:51:34
現在の太田橋には人道橋が架けられ、のんびり川面を眺めながら木曽川を渡ることができる。
2021/11/12 11:51:51
日本橋から51宿目の太田宿。 飛騨街道や群上街道との追分として栄えたという。
2021/11/12 12:02:25
太田宿最大の見どころ。 本卯建を持つ威厳ある建物で、現在も子孫の方が住みながら維持しているという。