徳次郎宿から大沢宿・今市宿へ

日光街道杉並木

旅行日 : 2017年09月21日

前日、宇都宮から徳次郎宿の先にある、石那田というバス停まで歩いた続きである。

足の痛みが再発したので、前日の夕食時にアルコールで体内浄化を図り、ぐっすり眠ることで痛みは取れると期待した。 しかし歩き始めて、すぐに期待は裏切られた。

この日は石那田のバス停から今市宿までを歩く予定である。 距離はさほど長くない。 昔からの立派な杉並木を歩くコースでもあり、多少の足の痛みは我慢して、ゆっくり行こうと歩き始めた。

日 付 区 間 宿間距離 実距離 万歩計 ルート
2017年9月20日 宇都宮宿から
徳次郎宿
14.6Km 16.26Km 24,362歩 Map
2017年9月21日 徳次郎宿から
大沢、今市宿へ
12.8Km 13.34Km 19,561歩 Map
日本橋からの累計
(累計日数 : 13日目)
141.2Km 184.80Km 251,872歩

宿間距離 : 各区間のコース計画時、ルートラボを利用して計測した距離。

(宿間距離の数値クリックで、ルートラボの計画ルートを表示)

実距離  : 寄り道などを含め、GPSログを基に基に実際に歩いたコース距離。

(ルート欄の「Map」→ GPSログから作図した実ルートを表示)


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石那田バス停から歩き始める

ホテルからJR宇都宮駅までの間を歩いただけで、足に少しの痛みを感じた。 「どうするか?」と迷ったが、バスが目の前にやって来たので、「まっ いいか!」と乗ってしまった。

前日引き返した石那田のバス停まで戻り、天気は快晴! 準備を整え、足をかばうように、ゆっくりと歩き始めた。

【 さっそく石仏らしきものが現れる 】

中央は石仏だが、両側の三角の石造物はなんだろう?
表面に文字らしきものが彫られているように見えたが・・・

旧日光街道

【 うらない仏 】

体の悪い部分と同じ場所に、赤い布を付けてお願いすると治るそうだ。その為「お願い地蔵」とも呼ばれている。

また願掛けして石仏前の3つの石の一つを持ち、軽いと感じたら願いが叶うそうだ。 「足がこれ以上痛くならないように」と石を持つと、漬物石程度の重さだった。

うらない仏

うらない仏の祠の前には、庚申供養塔などが祀られている。

旧日光街道

実りの秋

重たげに頭を垂れる稲穂の向こうに、男体山が見えている。 また街道沿いには、栗やリンゴがたわわに実っていたが、柿はまだ赤くなっていなかった。

男体山栗リンゴ

日光市に入る

日光市境

日光市街まで10Km、日光の社寺まで18Kmとある。

旧日光街道

本格的な杉並木が始まる

山口交差点の先から本格的な杉並木が始まる。 並木保護の為、国道は付け替えられたようで、左に分かれる国道を見送り、右の旧道へと入っていく。

【 旧道との分岐 】

右の木に覆われた旧道に入る。
車は通行止めではないので、時たま車がやってくる。

杉並木分岐

【 並木寄進碑 】

旧道に入ると、松平正綱が東照宮に杉並木を寄進した記念碑が立つ。
ここから本格的な杉並木が始まる。

並木寄進碑

幹の太さ、高さ、規模といい、まさに日光を代表する杉並木である。

日光杉並木

杉並木は、普通地域、保護地域、特別保護地域と分かれているようだ。

日光杉並木

【ギネスブックに登録された日光杉並木】

日光杉並木は、徳川家康、秀忠、家光の三代にわたって仕えた松平正綱が、家康の死後に東照宮に寄進したものである。

並木は東照宮への参道にあたる、日光街道、例幣使街道、会津西街道の3街道に、約20年の歳月をかけて植樹したそうで、この3街道の並木の総延長は約35kmに渡り、世界最長の並木としてギネスブックに登録されている。

大沢宿

杉並木を抜けると大沢交差点である。 江戸から19番目の宿場で、本陣1軒、脇本陣1軒、旅籠41軒で、飯盛女もいて賑わったそうだ。 しかし、現在は宿場の面影が全くないのが残念である。

【 王子神社 】

大沢宿の鎮守で、創建は鎌倉時代に遡ると説明されていた。
大きなイチョウの下には、銀杏がたくさん落ちていた。

王子神社

【 地蔵堂 】

再びの杉並木を抜けたところに地蔵堂が立つ。
祠の前には、円柱の周りに6体の地蔵が彫られた石仏がある。

地蔵堂

静かな杉並木

未だに並木の間を国道が走る部分もあり、歩道の無い箇所などは、痛い足を引きずる身にはきつい。 国道から離れ、車のこない並木に入るとホッとする。 他に歩く人もなく、静かな杉並木の中で痛む足をゆっくりと休める。

日光杉並木日光杉並木日光杉並木

【 來迎寺 】

下森友交差点で国道と合流すると、その先に來迎寺がある。
お寺の参道には、右手に頬を乗せた半跏思惟像のような4基の石仏が並ぶ。

來迎寺

【 日光連山・女峰山 】

街道を少し外れ、日光連山の山並みを眺める。
左は日本二百名山の一つで、標高2,483mの女峰山。 右は赤薙山か?

女峰山

森友交差点から再び国道と別れ、右の杉木立の中を行く。

森友交差点日光杉並木

【 七本桜一里塚と並木ホテル 】

七本桜一里塚が現れ、塚の上には大きな空洞を持つ杉が立つ。
この空洞には大人四人泊まれることから”並木ホテル”と呼ばれている。

並木ホテル

大きな空洞の中でたき火をした人がいたらしい。
可哀そうに、内部は黒く焼け焦げている。

並木ホテル

【 東武日光線 】

杉並木を東武日光線の高架が横切る。 今市はもう近い。

日光杉並木

【 追分地蔵尊 】

杉並木抜け、小倉町交差点手前に追分地蔵尊がある。
昔から安産子育てや旅立ちの安全を願って、多くの人に慕われているそうだ。

追分地蔵尊

大きなお地蔵さんで、一般的なお地蔵さんと違って坐像である。

追分地蔵尊

遅めの昼食

追分地蔵尊のすぐ先は、この日の目標である小倉町の交差点である。 痛い足を引きずり、休み休み歩いたが、追分地蔵尊の向かいにあった蕎麦屋で、大休憩を兼ねて遅めの昼食とした。

【 並木蕎麦 】

杉並木の出口にあり、日光の天然水を使った手打ちそばの店。
店の佇まいからして美味そうな蕎麦屋である。

並木蕎麦

【 十割蕎麦 】

お勧めと云う十割蕎麦の大盛り。 薬味の上の蕎麦猪口には水が入っている。
「最初は天然水を使った水蕎麦で食べて下さい」と、水に浸けて食べる。

並木蕎麦

小倉交差点 今市宿に到着

日光街道と、左からの例幣使街道が合流し、今市宿に入っていく。
この日のゴールはこの交差点まで。 右に曲がれば東武の下今市駅である。

小倉町

【 例幣使街道 】

徳川家康の霊柩が日光に改葬された後、京都の朝廷から日光東照宮へ、毎年”幣帛(へいはく)”を奉納する勅使(例幣使)がつかわされた。 この勅使が通る道を例幣使街道と呼んだ。 例幣使は京都から中山道を下り、倉賀野宿で分岐して太田、佐野、栃木を経て日光に至った。

この例幣使は、1647年から1867年の221年間、一度も中断することがなかったというから驚きである。

東武日光線 下今市駅

小倉町交差点を右に曲がり、東武日光線の下今市駅に向かう。
運行を開始したSL「大樹」の拠点のせいか、レトロチックに改装されている。

下今市駅

足首の痛みはあったものの、何とか目標の今市宿入口まで歩くことができた。 これで最終ゴールの、日光・神橋までは、残り8キロほど。 次は紅葉の季節を狙って最終ゴールを目指そうと思うが、杉並木と日光の市街地を歩くので、あまり紅葉は期待できないか?

それにしても、昔の人は、後世の我々に、もの凄いものを残してくれたと改めて気付かされた。 我々は100年、200年後に何を残すのだろうか?と、考えてしまった。

中山道にも行きたいので、早く足を治そうと思いながら帰途についたが、気も緩んだせいか、痛みは更に増し、かなり足を引きずらないと歩けない状態に陥ってしまった。


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