幸手宿から栗橋宿へ

草加百代橋

旅行日 : 2017年03月17日

桜の咲く季節が近づいてきた。 この日は、桜並木が約1Kmも続く「権現堂堤」という、桜の名所を通る予定である。 桜の開花を待って出かけようかと思ったが、お花見客で混雑する道を歩くのも嫌だな・・・ と思い、出掛けることとした。

また栗橋駅前には、源義経に寵愛された「静御前」の墓があるという。 ちょっと信じがたいが、とにかく一度訪れてみる価値はありそうだ。

日 付 区 間 宿間距離 実距離 万歩計 ルート
2017年3月17日 幸手宿から栗橋宿 9.3Km 12.46Km 16,584歩 Map
日本橋からの累計
(累計日数 : 6日目)
58.9Km 78.79Km 105,138歩

宿間距離 : 各区間のコース計画時、ルートラボを利用して計測した距離。

(宿間距離の数値クリックで、ルートラボの計画ルートを表示)

実距離  : 寄り道などを含め、GPSログを基に基に実際に歩いたコース距離。

(ルート欄の「Map」→ GPSログから作図した実ルートを表示)


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幸手宿

前回粕壁から幸手まで歩いた時、幸手宿は何も見ずに帰ってしまった。 あらためて幸手宿を眺めながらの出発である。

【 桜 】

街灯飾りや街道案内は、権現堂堤の桜をモチーフとしているようだ。

幸手宿

【 トロッコのある永文商店 】

酒屋さんの永文商店。
「横丁鉄道」と呼ばれる、荷物運搬用トロッコの軌道を見ることが出来る。

幸手宿幸手宿

【横丁鉄道】
日光街道沿いの宿場は、短冊状の敷地が特長だそうだ。 江戸時代は、間口の広さで年貢の決めていたらしく、商人たちは節税を目的に間口を狭くし、奥行きを伸ばしたらしい。 その結果、鰻の寝床のような店となった。 蔵や倉庫が奥にある場合、重い荷物を運ぶのは大変な作業になる為、軌道を敷設してトロッコで荷物運搬を行ったのが横丁鉄道である。

戦時中の金属供出の際には、レールなしでは仕事ができないと女性たちが訴え、回収を免れたという。

【 日光御廻り道 】

街道の途中に、小さな標識が立つ。
権現堂川による水害の難を避けるため、幸手宿と栗橋宿間の迂回路である。

日光お廻り道

【 幸手宿の街並み 】

幸手宿には、思っていた以上に多くの商家が残っていた。
改装されて看板などの裏に隠れてしまった、古い商家も多いようである。

【クリックすると拡大表示します】

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栗橋宿への道

幸手宿を出て栗橋宿を目指す。 この間は、権現堂堤や国道4号の側道など、面白そうなルートであるが、間違えないように注意して歩く必要がある。

【 権現堂堤 】

桜の開花まで2~3週間あるが、桜祭りの準備が進んでいた。

権現堂堤

【 外国府間(そとごうま)の道標 】

日光道中と筑波道の追分に立つ道標。
正面に「右つくば道」、左右に「左日光道」「東かわつま前ばやし」とある。

外国府間の道標

【 時が止まったような商店 】

街道の途中にポツンと現れた古風な商店。 吉羽屋酒店である。
まるで時が止まったようで、是非改装せずに現役で頑張ってもらいたい。

古い店

【 国道4号側道を進む 】

国道4号の側道を歩く。 旧街道を歩いている雰囲気は感じられない。

国道4号側道

【 小右衛門一里塚 】

日本橋から13里。 塚の形と広さは、当時の姿を偲ぶことができるそうだ。
塚には昭和初期に近くから移築した弁財天堂が建つが、再建されたようだ。

小右衛門一里塚

【 更に側道を進む 】

下り線側の側道から、国道4号下のトンネルを抜け、権現堂川に沿って進む。
途中から4号の側道に上がり、ROUND1を目標に進む。

国道4号側道

【 ストリップ劇場 】

「ライブシアター栗橋」という、大きな駐車場を持つストリップ劇場。
入場料は、シニア割引で3500円だった。 思わず吸い込まれそうになる。

ライブシアター栗橋

【 焙烙地蔵尊 】

利根川に設けた関所を破った重罪人を、火あぶりの刑に処した刑場跡である。

焙烙地蔵尊

処刑者供養の為、焙烙地蔵を祭り、今も焙烙が奉納されていた。

焙烙地蔵尊

【 深廣寺の六角名号塔 】

「南無阿弥陀仏」と刻まれた六角の石塔が21本立つ。
2代目住職が伊豆から船で石を運び、承応3年~明歴2年の間に建立した。

六角名号塔

栗橋宿

栗橋宿に入る。 栗橋はもっと大きな街かと思っていたが、小さく静かな街であった。

栗橋宿

【 築地塀が残る 】

古そうな門だけがポツンと残る。 奥には、これも古そうな築地塀がある。

栗橋宿

【 見世蔵 】

黒漆喰の重量感ある見世蔵が残る。

栗橋宿

街道沿いには、何軒かの出桁造りの商家が、宿場の雰囲気を保っている。

【クリックすると拡大表示します】

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【 栗橋関所跡碑 】

利根川の土手下に、栗橋関所跡碑が立つ。
当時の関所位置は現在の堤防内側で、利根川のほとりにあった。

栗橋関所跡碑

【 史跡発掘調査 】

関所跡碑の前後では、広い範囲で発掘調査が行われていた。
ブルーシートに覆われ、遺跡そのものは見ることが出来ない。

史跡発掘

【 利根川の土手 】

栗橋宿の出口は、利根川の土手にぶつかる。 土手は菜の花が満開だった。

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土手に上がると、遠くに筑波山が見える。

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【 八坂神社の狛鯉 】

土手下の八坂神社には、狛犬ではなく狛鯉が祀られている。

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八坂神社の裏手には、関所番屋敷跡の標柱が立つ。

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静御前の墓

街道から外れて栗橋駅前に来ると、源義経の寵愛を受けた「静御前」の墓がある。 にわかには信じがたい話である。 Wikipediaで調べると、終焉の地については日本の各所に伝承が残るそうだ。

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歴史を感じさせるような、古い石塔などは見当たらない。

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平泉に落ちのびた義経を追った静御前は、途中で「義経討死」の知らせを受ける。 仏門に入り、義経の菩提を弔おうと京に戻る途中、悲しみと慣れぬ長旅から病を得て、文治5年(1189)9月15日、この地で死去したと伝えられている。

(久喜市教育委員会の説明版より抜粋)

【 栗橋駅 】

JR宇都宮線と、東武スカイツリーラインが同居する。

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栗橋の駅より帰宅の途につく。 国道4号の側道を、右に左にと変えながら進む今回のコースは、街道歩きの雰囲気は無いものの、なかなか面白いコースであった。

道案内もないので、事前にルートを充分に調べておかないと、途中で判らなくなる可能性が強い。 幸い先人達が、ネット上に多くの情報を提供しているので、大いに参考にさせて頂いた。


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