粕壁宿から杉戸宿、幸手宿へ

草加百代橋

旅行日 : 2017年02月22日

約1か月ぶりの日光街道である。 2月という一番寒い時期に、温泉に行くのであれば理解できる。 しかし北風に吹かれながら、てくてくと一人で街道歩きである。 我ながら「奇人・変人」の範疇に属していると思う。

幸手までの予定ルートを見ると、国道4号の直線が長そうである。 冬の間に「短く・回数を重ねて距離を稼ぐ」という戦略で、単調な国道歩きと、退屈な関東平野を突破する計画である。

日 付 区 間 宿間距離 実距離 万歩計 ルート
2017年2月22日 粕壁宿から杉戸宿 6.5Km 14.33Km 19,743歩 Map
杉戸宿から幸手宿 5.7Km
日本橋からの累計
(累計日数 : 5日目)
49.6Km 66.33Km 88,554歩

宿間距離 : 各区間のコース計画時、ルートラボを利用して計測した距離。

(宿間距離の数値クリックで、ルートラボの計画ルートを表示)

実距離  : 寄り道などを含め、GPSログを基に基に実際に歩いたコース距離。

(ルート欄の「Map」→ GPSログから作図した実ルートを表示)


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粕壁を出発

前回の最終地点である、東武スカイツリーラインの春日部駅より、杉戸宿を経て幸手宿を目指す。 春日部や幸手あたりから、都心まで1時間少々なようで、この近辺から通勤するサラリーマンも多い。 しかし自宅から会社までの、ドア to ドアで考えると、通勤時間は1時間半近くになるだろう。 この辺りが都心への通勤圏の限界か?

【 浜島家住宅土蔵 】

粕壁宿の出口に立つ、重厚感溢れる黒い土蔵。

浜島家住宅土蔵

【 春日部の地名の由来 】

粕壁宿出口にある「最勝院」。 足利尊氏との戦いに敗れて自刃した、春日部重行を葬った塚がある。 春日部という地名の由来と云われている。

景勝院

【 大落(おおおとし)古利根川 】

単に古利根川と呼んでいるが、大落古利根川が正式名称のようだ。
江戸時代以前は利根川本流で、東京湾に注いでいたという。

大落古利根川

【 小渕一里塚跡 】

日本橋から9里。 庚申塔が横に並んで立つ。

小渕一里塚跡

【 小渕追分道標 】

関宿への往還の追分に立つ。
「右方せきやど道、左方あうしう道」と刻まれている。

小渕追分道標

国道4号を進む

小渕追分道標を過ぎると、国道4号と合流する。 ここから約2Kmほどの国道歩きで、騒音と排気ガスにまみれて歩くことになる。

【 小渕観音院 】

少々痛んでいるが、立派な山門を持つ。
いぼ・こぶ・あざにご利益があり、「こぶとり観音」とも呼ばれている。

小渕観音院

山門の仁王様も少々痛ましい姿だが、迫力ある顔している。

小渕観音院

【 北緯36度線を越える 】

歩道上に北緯36度を示す地球儀のモニュメントが置かれている。
同じ緯度上に、チンタオ、ラスベガス、地中海などがあるそうだ。

北緯36度

【 単調な直線路を進む 】

国道4号の、真っ直ぐな道を黙々と歩く・・・

国道4号

旧道を少し歩く

単調な国道を歩き終え旧道に入る。 交通量の激しい国道から旧道に入ると、騒音もなくなりホッとする。

【 九品寺の庚申塔 】

境内には道標を兼ねた庚申塔が立つ。
正面は「青面金剛」、左右に「左日光」「右江戸」と刻まれている。

九品寺庚申塔

台座には、明治期に水準測量を行った「高低測量几(き)号」が残る。

几号

【 立場茶屋だった高野家 】

旧家

旧道は僅か700mほどで、再び国道4号に合流する。

杉戸宿

堤根の交差点から再び旧道に入り、杉戸宿へ向かう。 杉戸宿は、本陣1軒、脇本陣2軒・旅籠46軒で、日光街道、奥州街道、関宿往還の交通の要衝として栄えたそうだ。

【 三本木一里塚跡 】

日本橋から10里で、民家の生け垣の中に立つ。
うっかりすると、見落としてしまう。

三本木一里塚跡

【 関口酒造 】

「杉戸宿」という銘の地酒を売っている。
お土産に一本と思ったが、今回はパスした。

関口酒蔵

【 開宿400年記念 】

2016年が杉戸宿開宿400年だったそうだ。
宿場内には、それを記念する暖簾や旗が多く飾られていた。

杉戸宿

この杉戸宿開宿400年を記念して、高札場が復元されていた。

高札場

【 銭 湯 】

薪で沸かしているのか、車から木材を降ろしていた。
湯船の上には、富士山が描かれていることだろう。

銭湯

【 杉戸宿本陣 】

本陣であった長瀬家。 当時の面影を偲ばせる門が残る。

杉戸宿本陣

【 杉戸宿に残る旧家 】

本陣を過ぎると、街道沿いには旧家が残り、街道らしさを醸し出している。

杉戸宿杉戸宿

杉戸宿出口の枡形跡には、米穀問屋であった「角穀」の母屋と蔵が残る。

杉戸宿

再びの国道歩き

杉戸宿を出て、幸手宿に向かう。 再び2.6Kmほどの国道歩きである。

【 旧 家 】

良く手入れされた広大な敷地に、立派な門や蔵を持つ旧家が残る。

杉戸宿

【 カスリーン台風の爪痕 】

沿道の電柱に、昭和22年のカスリーン台風による浸水の深さが示されている。利根川の堤防が決壊し、幸手・栗橋が大きな被害を受けたそうだ。
また中山道の熊谷で荒川土手も決壊し、二つの濁流が東京の下町まで襲った。

カスリーン台風

【 幸手市に入る 】

幸手市

【 日光御成道と合流 】

左からの川口・鳩ヶ谷・岩槻を経てきた御成道と合流する。
家光の時代に整備され、代々将軍はこの道を通って東照宮に参拝した。

御成街道追分

【 石仏群 】

御成道との合流点近くには、馬頭観音などの石仏が並んでいる。

石仏群

幸手宿

志手橋の交差点を渡ると幸手宿入口である。 江戸から11里で、日光街道と御成道との合流点として賑わったそうだ。

【 神明神社の几号 】

志手橋の交差点を渡ると、江戸時代の高札場だった神明神社がある。
境内の灯篭台座に、几号が残されている。

几号

【 幸手駅 】

幸手宿は、次回に見ることとして、幸手駅から帰途につく。

幸手駅

日光街道は単調な直線路が多い。 それも交通量の多い国道歩きなので、修行僧のごとく、”忍”の一文字で、一歩一歩の積み重ねを行うより他にない。

今回のコースも、この国道歩きが多かった。 これから古河宿を越えた先は、更に長い距離の国道歩きが待っている。


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