越谷宿から粕壁(春日部)宿へ

草加百代橋

旅行日 : 2017年01月18日

2017年1月18日。 正月明けの松が取れた早々に、越谷宿から粕壁宿を目指して歩く。 天気は快晴。 陽射しもあり、天気予報によると、気温は10度くらいになるそうで、この季節としては、暖かい日であった。

粕壁(春日部)といえば、漫画のクレヨンしんちゃん在住の街である。 街おこしなどで、街中にクレヨンしんちゃんが溢れ返っているかと思っていたが、街道沿いではあまり見かけなかった。

日 付 区 間 宿間距離 実距離 万歩計 ルート
2017年1月18日 越谷宿から粕壁宿 10.2Km 13.53Km 17,261歩 Map
日本橋からの累計
(累計日数 : 4日目)
37.4Km 52.0Km 68,811歩

宿間距離 : 各区間のコース計画時、ルートラボを利用して計測した距離。

(宿間距離の数値クリックで、ルートラボの計画ルートを表示)

実距離  : 寄り道などを含め、GPSログを基に基に実際に歩いたコース距離。

(ルート欄の「Map」→ GPSログから作図した実ルートを表示)


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北越谷から出発

前回の最終地点である、東武スカイツリーラインの北越谷駅に降り立ち、春日部を目指す。 この日のルートは、国道4号を歩く区間が長い。 途中で飽きてしまいそうだ・・・

【 お洒落な井戸 】

「災害用井戸 この水は飲めません」と書かれていた。
災害時の生活用水だけでなく、火事の時のバケツリレーでも活躍しそうだ。

井戸

【 東武線に沿って歩く 】

東武スカイツリーラインの高架に沿って歩く。

【 元荒川 】

東武スカイツリーラインのガードをくぐると、北越谷第5公園が広がる。
公園の先には元荒川が、ゆったりと流れている。

元荒川

公園の入口には、道標や石柱が立つ。

石仏

【 宮内庁埼玉鴨場 】

街道から少し奥まった所に、立派な門が立つ。 宮内庁の埼玉鴨場だそうだ。

埼玉鴨場

春日部市に入る

東武スカイツリーラインの「せんげん台」への入口を過ぎると、春日部市に入る。 江戸時代は「粕壁」と言われ、昭和に入ってから「春日部」に変更したそうだ。

【 市境を越える 】

千間堀に架かる戸井橋を渡ると春日部市である。

春日部市

【 国道4号沿いに建つ地蔵堂 】

2体のお地蔵さんが祀られている。

地蔵堂

【 冬枯れの風景 】

葉の落ちたケヤキの枝が美しい。

冬枯れ

【 備後一里塚跡 】

街道沿いにポツンと立つ。 日本橋から8里である。

備後一里塚跡

【 大落古利根川 】

街道を外れ、大落古利根川を眺める。 江戸時代以前の利根川本流である。
「古利根川」だと思っていたが、「大落古利根川」が正式名称のようである。

大落古利根川

粕壁宿に入る

粕壁宿は、本陣1軒、脇本陣1軒、旅籠45件の規模であった。 古利根川の水運を利用し、米などの物流の拠点として栄えたそうである。

【 粕壁宿入口 】

一宮の交差点を左に入り、粕壁宿に入る。

一宮交差点春日部市内

【 かつての栄光は 】

「春日部ロビンソン」「西武百貨店」、そして今は「匠大塚」へと変遷。

元西武春日部店

【 粕壁宿本陣跡 】

残念ながら標柱が立つのみである。

春日部本陣跡

【 旧家 田村家 】

昔は問屋場を務めていたそうだ。 店の前には道標が立つ。
正面に「西南い八つき」・左に「北日光」・右には「東江戸右乃方陸羽みち」と刻まれている。

田村家田村家

【 旧家 】

「丸八酒店」の裏に建つ、立派な蔵と、ガラス戸が綺麗な古い家。

粕壁宿

【 問屋場跡の説明版 】

粕壁宿では、人足35人、馬を35匹の常備か課せられていたそうだ。

春日部問屋場跡

【 鐘馗様が立つ屋根 】

慶長年間に創業された、米屋の「永島庄兵衛商店」。
2階の屋根には鐘馗様が、魔除けとして置かれている。

粕壁宿粕壁宿粕壁宿

【 浜島家住宅土蔵 】

国登録建物文化財で、明治前期に建てられたらしい。
平成23年の修理時に、当初の黒漆喰跡が見つかり、外壁を黒色に復元した。

粕壁宿

【 高札場跡 】

浜島家住宅土蔵の向かいに、高札場跡を示す標柱が立つ。
粕壁宿の出口である。

粕壁高札場跡


春日部から都心に通勤する人も多く、宿場の名残りなどはあまり期待していなかった。 しかし綺麗に整備されすぎている気がするが、思っていた以上に土蔵は点在していた。 裏通りなどに入れば、歴史を感じさせてくれるような古民家も残るようだ。

今回も越谷から粕壁までの1宿分だけ歩いて、早々に春日部駅より帰途についた。


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