紅葉の碓氷峠

板鼻堰用水路

旅行日:2015年11月6日

いよいよ関東平野に別れを告げ、この日は碓氷峠を越えて長野県に入る。

横川の駅で出発準備をしていると、一人の女性が近づいてきて、「中山道を歩くなら、一緒に連れて行ってもらえないか?」と声を掛けてきた。 話を聞くと、私と同様に一人で歩いているそうで、碓氷峠の山道は良く判らないし、クマも出るかもしれないので恐ろしい・・ とのこと。 断る理由もないし、「写真を撮りながらゆっくり行くので、適当に前後して歩いてください」と一緒に歩き始める。

日 付 区 間 里程表 実距離 万歩計 ルート
2015年
11月6日
坂本宿~碓氷峠 2里34町 11.6Km 9.4KM 30,370歩 Map
碓氷峠~軽井沢宿
軽井沢宿~沓掛宿 1里5町 4.5Km 5.1km
合 計 4里3町 16.1Km 14.5Km
日本橋からの累計
(累計日数 : 13日目)
38里19町 151.3Km 159.4Km 255,083歩

里程表 : 別冊歴史読本「図説 中山道歴史読本」より。
実距離 : 各区間のコース計画時、ルートラボを利用して計測した距離。

ルートラボルートを見る → “のんびり中山道”で検索)


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再び坂本宿へ

碓氷峠を越えるため、朝早く家を出た。 そのおかげで8時3分には横川の駅に到着。 駅の待合室で朝食のおにぎりを食べていると、女性から「一緒に連れて行ってくれ」と頼まれる。 同じ方向に歩くのだからまぁ良いか・・・と、同行することとする。

【信越本線横川駅】
朝8時なのに駅員はまだ誰もいなく、無人駅状態だった。

横川駅

【坂本宿京方木戸跡】
横川の駅から碓氷峠に向け、前回歩いた坂本宿を再度歩く。
坂本宿京方の木戸跡足元には、いくつかの石塔が立つ。

坂本宿京方木戸跡

【繁栄のなごり】
街道沿いには、昭和の香りを残す店跡がある。
18号のバイパスや高速が開通し、客足が遠のいたのだろう。

昭和の香り

【巻物風手作りガイド】
横川駅で同行を頼まれた女性に話を聞くと、埼玉県の上尾に住み、72歳だそうだ。 御主人は歩くのが嫌いなので、一人で歩き続けているという。 浅田次郎の小説「一路」を読んで、中山道に興味を持ったとのこと。

手書きの地図に、目印や見どころを書き入れ、割り箸に巻き付けた巻物のような手作りガイドをもって歩いていた。 本の名前は忘れたが、その本を参考にして作ったそうだが、結構よくできていた。

碓氷峠への取り付き

坂本宿を進むと、国道18号の碓氷峠への登りが始まる。 全部で183個のカーブがあるそうだが、旧中山道は最初のカーブ手前で国道を離れる。 草に覆われた、踏み跡しかないような道を進むと、18号の9番目のカーブ近辺へとつながる。

【坂本浄水場】
国道18号は碓氷峠の最初のカーブとして、右方向に大きくカーブしていく。
旧中山道は手前の分岐を左に進み、草に覆われた道を進むことになる。

坂本浄水場

【浄水場脇を進む】
浄水場に沿った草むらの道を進み、正面突き当りにぶつかると左に曲がる。

旧中山道

【けもの道の様な中山道】
草は刈ってあるので良いが、草ボウボウならば不安を感じることだろう。

旧中山道

【碓氷峠登山口が見える】
50mほど歩くと、右に上る階段が現れる。
斜面を上ると、国道18号と碓氷峠入口の休憩所が見えてくる。

碓氷峠登山口

碓氷峠へ

碓氷峠へは標高差が500mほどあるそうだ。 日本橋から京都に向けて歩くと、最初に刎石山(はねいしやま)への急坂が待っている。 急坂と言っても初心者向けの山程度の登りだが、登山の経験があまりない人は、きついと思うのかもしれない。

【安政遠足の標識】
安中からの「侍マラソン」のコースを示す「安政遠足」の標識が。
歩いて山に登るのは良いが、駆け上ることは辛すぎる・・・

安政遠足

【柱状節理】
火成岩が冷却して固まるとき、四角や六角の柱状に固まったものである。

柱状節理

【大きな石塔】
山道沿いに、大きな石塔が3基立つ。
「南無阿弥陀仏」「馬頭観世音」「大日尊」の3基である。

山道沿いの石碑

【刎石坂】
柱状節理が剥離し、岩屑だらけの山道が現れる。 足元をよく見て歩く。

刎石坂

【「覗き」からの眺め】
「覗き」と名付けられた場所から、歩いてきた坂本宿を一望する。
同行する女性は、「写真と同じだ!」と感激していた。

覗きからの眺め

【傾斜が緩くなる】
やがて道は平坦になり、快適なハイキングが楽しめる。

山中の道案内

紅葉を楽しみながら

標高が高くなると、周りの木々の紅葉が始まった。 タイミング的に丁度良かったのか、イロハモミジの紅葉と、陽の光を受けて黄金色に輝くカラマツが見事であった。

【周りが色付き始める】
赤や黄色が織りなす紅葉を楽しみながら歩く。

紅葉

【堀り切り】
痩せた尾根道が現れ、「堀り切り」の案内板が立つ。
豊臣秀吉の小田原攻め時、北陸・信州軍の進軍を防ぐため、
松井田城主が尾根の両側を掘って狭い道にしたそうだ。

堀切

【掘割地形】
掘り切りとは逆に、中央が窪んだ底の部分を進む。
人工的な古道の遺構を感じさせる。

気持ち良い山道

【南向馬頭観世音】
右側の高台上に立つ。 この先には「北向馬頭観世音」も立つ。

南向馬頭観世音

【一里塚】
「ここには慶長以前の東山道があり、ここから登る途中に一里塚があった」と案内板に説明されていた。

一里塚

【陣馬が原と和宮道】
陣馬が原で道は二つに分かれ、右は皇女和宮降嫁時に拓かれた和宮道である。
中山道は左の道に入る。

人馬が原の分岐

【燃える紅葉】

紅葉

【和宮道と合流】
和宮道との合流点を振り返る。 中山道は右の道である。
勾配が急なため、新たな道を拓いたそうだが、輿に乗って碓氷峠を下るのは、乗る方も担ぐ方も大変だったことだろう。

和宮道との分岐

【仁王門跡】
神宮寺の仁王門があったが、明治維新で廃寺になったようだ。
ここに祀られていた仁王様は、熊野神社に保存されている。

石塔群

碓氷峠頂上へ

仁王門を過ぎ、長坂を登り切ると視界が開けて舗装道路に出る。 茶店や観光客が現れ、静かな山の世界から、現実に引き戻される。

【茶店で休憩】
難所と言われる碓氷峠を越えたので、「見晴亭」で休憩することにする。

碓氷峠の茶屋

【見晴亭からの眺め】
「見晴亭」の名の通り、眺めの良いテラスで「力餅」を食べることにする。

茶屋からの眺め

温かいほうじ茶と、丁度良い餡の甘さが疲れを癒してくれる。

力餅

この日は沓掛宿まで歩いて、中軽井沢から帰る予定である。 同行の女性に聞くと、中軽井沢で宿を探して、翌日も先へ進むとのこと。 茶店での力餅を、同行のお礼ということで、女性に御馳走になり、軽井沢を目指して二人で再び歩き始める。


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