小諸宿から上田宿へ

北国街道 分去れ

2014年5月14日

信濃追分から写真を撮りながら走ってきたが、写真を撮る度に自転車を降りるのは、結構面倒なことに気付いた。 歩きながら気軽に写真を撮る方が良かったと思いつつ、やはり自転車での移動は捨てがたい。 しかし思いのほか時間を要してしまい、懐古園は入口の”三の門”だけを見て終わりとして、次の目的地である上田宿を目指すため、街道に戻って移動開始である。

日 付 区 間 概算距離 地 図 備 考
2014年
5月14日
追分宿~小諸宿 16.5Km Map1-1 追分宿~小諸宿
小諸宿~上田宿 18.8Km Map1-2 小諸宿~田中宿~海野宿~上田宿
上田宿~屋代宿 21.9Km Map1-3 上田宿~坂木宿~上・下戸倉宿
~屋代宿

【小諸宿本陣跡】
懐古園に寄り道した後、街道に戻って次の宿場である田中宿を目指す。

小諸宿 本陣跡

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田中宿への道

【布引観音道標】
「牛に引かれて善光寺参り」という諺で有名な布引観音への道標。
布引観音は左へ曲がり、北国街道は少し細い道を直進する。

布引観音道標

小屋根が積みあがった古民家。 「たかこの布遊び」という店である。

たかこの布遊び

【街道風景】

街道風景

【牧家一里塚跡】
説明板によると江戸から四十三番目、つまり四十三里だそうだ。

牧家一里塚跡

立派な門である。 これも長屋門と呼ぶのだろうか?

長屋門?街道風景

田中宿

田中宿は江戸時代の千曲川氾濫や大火により、昔の面影を失ったとのこと。 現在の街は電柱を地下に埋設するなどして整備しているが残念である。

田中の街並み

【脇本陣跡】
高木屋という店の前に「脇本陣跡」の看板が下がっている。

脇本陣跡

【本陣跡の門】
脇本陣跡の”高木屋”先の路地を入ると、
民家の庭先に本陣跡の門と「明治天皇田中小休所跡」が残る。

本陣跡の門

【馬に乗った勝軍地蔵】
武具・甲冑をまとった地蔵菩薩。 戦いに勝ち、飢饉なども免れるそうで、
鎌倉時代以降に武家に信仰された。

勝軍地蔵

海野宿

【白鳥神社】
海野宿入口の白鳥神社。 近くの千曲川の河原で木曽義仲が挙兵したそうだ。

白鳥神社

【海野宿】
“うんのじゅく”と読む。 江戸時代の宿場と明治期の養蚕造りの建物が残り、静かな時が流れる風景を残している。

海野宿

うだつ、海野格子、出桁造りなど、宿場の雰囲気を良く残す街並みが続く。

海野宿

長屋門の前に海野宿本陣跡の碑が立つ。

本陣跡

【「馬の塩舐め石」(上)と「馬つなぎ石」(下)】
佐渡金山の金の輸送ルートであったので、馬は大事に扱われていたのだろう。

馬の塩舐め石馬つなぎ石

海野宿

【クリックすると拡大表示します】

海野宿海野宿海野宿海野宿

海野宿海野宿海野宿海野宿
海野宿海野宿海野宿海野宿

上田宿へ

【馬頭観世音】
神川小学校の校門近くに、加州(加賀)の飛脚中により文政元年(1818年)に建立された馬頭観世音が立つ。

馬頭観世音

【上田ハープ橋】
千曲川の上を長野新幹線の上田ハープ橋が架かる。

長野新幹線

【信州大繊維学部講堂】
繊維学部の前身である上田蚕糸専門学校の講堂で、昭和4年に建てられた。 正門前は枡形だったようである。

信州大繊維学部講堂

上田宿本陣と上田城

【上田宿本陣問屋跡】
中央2丁目交差点手前に本陣問屋跡の碑が立つが、遺構は残っていない。

上田宿本陣問屋跡

【県立上田高校】
上田藩主の館跡に建つ。 正門は藩主居館の表御門であり、周囲に堀も残る。

県立上田高校

【上田城本丸南櫓と東虎口櫓門】
甲斐武田氏旧臣である真田昌幸により築城された平城。
昌幸が二度にわたり徳川の攻撃を退けた上田合戦で有名。

上田城

【真田神社と真田井戸】
井戸には抜け穴があり、北にある砦に繋がっていたという。

真田神社真田井戸


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