呉 戦艦大和生誕の地と潜水艦基地

とびしま海道

2012年5月28日(月)

とびしま海道を走り終え、安芸灘大橋から国道185号に出てハンドルを左に切り西へ向かう。 目的は呉の「アレイからすこじま公園」である。
「アレイからすこじま公園」は呉の港に面し、潜水艦が停泊する桟橋を間近に見ることが出来る公園として有名である。 また戦艦大和を建造したドックや、旧呉鎮守府の司令長官官舎などが残り、見逃す訳にはいかない地である。

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呉に向けて国道をひた走る

安芸灘大橋から国道185号へ出ると、俄然行きかう車の量が増えてくる。 しまなみ海道からとびしま海道への数日間、車の騒音と排気ガスから遠ざかっていたが、再び現実の世界へ引き戻されたような気がする。

いくつかのトンネルをくぐると、やがて休山トンネルが待ち構えている。 長さが1.7Kmもあるが、トンネル内には車道と歩道を分ける壁が設置されているので、さほど苦痛は感じなかった。

休山トンネル

休山トンネルの歩道 さすがに歩いている人は見なかった

入船山記念館 旧呉総鎮守府司令長官官舎

呉の市街に入りJR呉線のガードをくぐり、レンガ敷きで松並木の緩い坂を上がると入船山記念公園である。 この公園には旧呉総鎮守府の司令長官官舎や、旧呉海軍工廠の時計塔などが保存されている。

総鎮守府司令長官官舎は、正面は洒落た洋館であり、裏の居住部は和風という面白い作りであった。 戦後は占領軍のイギリス軍司令官官舎として使われていたが、撤退後、呉市が譲り受けたそうである。

入船山記念館

旧海軍工廠の屋根にあった時計塔
入船山記念館

庭には大砲が飾られていた
入船山記念館

イギリスに範を求めた海軍らしい イギリス風建築
入船山記念館

優雅な食堂 片や特攻隊で死んでいったのに・・

歴史の見える丘 戦艦大和生誕の地

入船山記念館から南下し、港が近づくあたりに「歴史の見える丘」がある。 ここから眺める造船ドックが、戦艦大和を建造したドックである。 現在はドックは埋め立てられたが、上屋の骨組み部は当時のままだそうである。

戦艦大和建造ドック

戦争を美化する訳ではないが、実物大の雄姿を一度見てみたい

「噫(ああ)戦艦大和塔」の慰霊碑。 戦艦大和と長門の主砲徹甲弾が飾られているが、とにかくデカイ! 大和の砲弾の長さ1.98m、直径46センチ、重さ約1.5トンの鉄の塊をぶっ放すのである。 それも最大射程42Kmもあるのだから、とんでもない代物である。

大和の主砲の発射音(空砲?)が、YouTubeにアップされているが、雷鳴のような迫力ある轟音である。

噫(ああ)戦艦大和塔

大和の艦橋をかたどっているそうだ

アレイからすこじま公園からの眺め

さらに南下を続けると、アレイからすこじま公園がある。 すぐ目の前が、海上自衛隊の呉基地であり、護衛艦や潜水艦を間近に見ることが出来る。 「アレイからすこじま」とは変わった名である。 調べると、大正時代に魚雷発射訓練場として埋め立てた、直径30~40mの島が「からすこじま」であり、英語の小路を意味するアレイ(alley)を付けた名であるとのこと。

この呉基地には第一潜水艦隊群があり、思っていた以上の数の潜水艦が停泊していた。 写真を撮るだけとって、自宅に帰ってネットで艦名などをいろいろ調べてみた。

【クリックすると拡大表示します】

海上自衛隊呉地方総監部庁舎停泊する潜水艦停泊する潜水艦停泊する潜水艦

音響測定艦 ひびきLST輸送艦 おおすみ旧魚雷揚げ下ろしクレーン旧呉海軍工廠

前日の日曜であれば、護衛艦の一般公開もあったようである。 日程が1日ずれたことが悔やまれたが、とにかく間近で潜水艦隊を見られて大満足であった。

旅は終り・・・ さぁ帰ろう!

最後のおまけであった呉の港を見学し、JRの呉駅に戻ってきた。 駅の近くには「大和ミュージアム」や「鉄のクジラ」もあるが、今回は本物を十分堪能したのでパスとする。

駅前で自転車を輪行バックに詰め込み、電車に乗り込む。 広島に向かう電車の車窓から瀬戸内の海を眺めながら、「もう一度来たいな・・・」と名残りを惜しむ。

広島で新幹線に自転車と共に乗り込み、買い込んだビールを飲んで東京まで夢の中・・・

呉駅前

呉駅前に到着。 自転車たたんで帰途につく。

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